こだわりの家の山崎工務店

山崎工務店 - 手間をかけすぎる工務店

手の込んだ仕事が得意です。

山崎工務店は、注文住宅を中心に幅広い施工を手掛けています。手の込んだ難しい仕事がほとんどですが、施主様や設計士からは「手間をかけすぎる」と言われるほど丁寧に仕事に取り組んでいます。それが認められて、「静岡県住まいの文化賞」の最優秀賞や優秀賞を受賞しました。最近では古民家の再生の仕事も増えてきています。

山崎工務店 - 仕事へのこだわり

道程・・・三代受け継ぐ山崎IZM

‐大工だった親父の親父‐

山崎工務店-先代写真

 僕が生まれた時から親父は大工だった。

 そのまた親父も大工だった。

 僕は何のためらいもなくこの道を選んだ。

 そんな僕も親父になった。

 僕がずっと見てきた親父の後ろ姿、僕の倅は僕の後ろ姿をどんな風にみてるんだろう??

 見守り続ける者がいる工務店

もともと明治生まれのイッコクな僕のおじいちゃんが始めた工務店。僕の親父が大工になった昭和27年頃には、山崎工務店は既にとてつもない偉業に挑戦し始めていた。
「設計士と組んで家を建てる」・・・今じゃ当たり前になっているけど、静岡ではホントに先駆けだったと親父は言う。その当時、設計士と組んでやる大工なんていなかった。現場に来て大工がベニヤ板に図面をちゃちゃっと書いて、それで家が出来ちゃう時代だったと聞いた。ところが、おじいちゃんは設計士と一緒にやる仕事が好きだった。若き日の親父は、設計士が入らなければもっと儲かるのになんて思って、おじいちゃんを恨んだ事もあったそうだ。ところが、その当時の設計士との付き合いが、こうして今につながっている。これまで一緒に仕事した設計士達が、山崎工務店なら出来る!!って仕事をまわしてくれる。設計士の仕事はやはり一筋縄じゃないし、若手なら前衛的な図面もあって、それが勉強になったと親父が言った。

親父は晩年、飲むといつも同じ話をした。
僕はお酒が得意でないから、また同じ話を、、、と半ば呆れながら相槌を打ってた話も、今となっては、胸に染みる。
「俺がいなくなっても、うちには、俺達が建てた家を見守り続ける倅がいるから、なーんにも心配する事はない!! 」って親父は酒の席でよく言ってた。
建築の仕事はクレームの塊みたいなところがある。大手メーカーさんは、もちろん仕事をちゃんとやってる。だけど、現場に出れば、個人と個人の間の事。その人間が転勤や独立で会社を離れる事もある。そうすると書類は残るが、人間はいない。数年、数十年経って、手直しや改修ってことがあっても、手がけた大工が関われない。責任を持てなくなっちゃうんだな。しかし、跡取りがいる工務店なら、メンテナンスをちゃんと次の代が引き継げる。建てればお終い、じゃ困るんだよ。その点、うちには後継者がいるから、建てた家に責任が持てる、、それが晩年の親父の口癖であり、自慢でもあったようだ。

 親父の背中

いつも一緒に仕事をしていた親父が、この夏突然「神様の家を造る」長い旅に出た。
おじいちゃんに負けず劣らずの頑固者の親父と僕はよく仕事の進め方で衝突をした。
親父がおじいちゃんに思っていたように、そんなやり方よりコッチのやり方にすれば儲かるのに、、とか、メンドクサイやりかただなぁと反発もしたし、恨んだりもした。でも、親父がいなくなり、今、ようやく気付いた。今まで何気無くやってきたことや、当たり前にやっていた事を守り続ける事が、いかに大変で大切な事かと。親父の偉大さを今、痛感している。親父の偉大さを認識した時、小学校の教科書で読んだ高村光太郎の「道程」という詩を思い出した。

‐当時5歳の孫が撮影した親父-

先代の写真(孫が年長組 満5歳と2週間の時写してくれた)

     僕の前に道はない。

     僕の後に道はできる。


 

おじいちゃんや親父が何もない荒れ地を整備して作ってくれた道。
僕はただひたすら真っ直ぐ歩いてきた。だから僕の歩く目の前には既に道が出来ていた。
それが有り難くもあり、また苦悩の原因でもあった。しかし今は、目の前に道が出来ていた事に感謝している。そして、今、僕が1人で歩かなくては、道は出来ない現実と向き合っている。
三代目社長に就任し、初めて気づいた思いと、代々受け継がれている「山崎IZM」について少し話そうかな。

 融通が利く大工集団

親父の代から一緒に家を建ててくれる大工の皆さんは、一流の腕と判断力がある。それは、大工の経験値が他とは違う!という自信の表れである。山崎工務店が携わってきた現場数の多さから得たスキルや技術は、どこの大工にもひけをとらない優秀なスペシャリストの集まりだと自負している.
大工の腕の良さは、何も技術だけの事を言っている訳ではない。施主・設計士の要望にフレキシブルに応える能力が有る事が、本当の意味での優秀な大工だと僕は思う。
うちは、先代から受け継ぐ「山崎IZM」を守り続ける本当の意味での優秀な大工ばかりである。そして、若い世代にも「山崎IZM」を伝えていく、昔ながらの職人気質もある。

-手帳にはいつも親父とその親父-

社長は 先代・先々代の写真を手帳に入れて持ち歩いている

 施主の要望を最大限に叶えるお手伝い

自分が建てた家は、我が子の様にかわいい。ゆえ、時として、大工のこだわりや思いが強く思いが入り込み、大工や設計士主導になりがちな現場もあると聞く。しかし、「山崎IZM」の大根底には、「施主の喜びが一番大事」と深く根付いている。施主の満足の為だけに家を建てる、、、これは僕の揺るぎない信念。

社長 山崎茂

  -そして これが僕-

 設計をあえてやらないこだわり

僕は大学を出た後、静岡のゼネコンで勉強させていただいた。個人経営の山崎工務店と違いゼネコンにしかできない事など、様々な事を学ばせていただいた貴重な時間だった。
僕は一級建築士の資格を有し、ゼネコンでの経験も有るので、どうせなら設計・施工の全てを請け負えばよいのではないか??と人から言われた事がある。

しかし、僕の答えは「NO」ただ一言。

あえて設計はやらない。
うちのスタイルは「施主・設計士の要望に応え、家を建てる。ただただ施主の満足のためだけに働く」という強い信念の元、仕事をしている。
社内で違う部門が同じ家の設計・施工をやると、甘えがでたり、自社にとって有益なように物事を進めようと考えてしまいそうで嫌なのだ。施主にとっても、設計・施工会社が違ったほうが、ちゃんとやってくれているという安心感があるのではないかとも思う。

ハウスメーカーや同一会社で設計・施工請負の良さも沢山あるが、弊社は、個人経営の工務店にしか出来ないスタイルの家作りの仕方を追求している。
あえて設計をやらない家づくりのプロ集団が、山崎IZMを胸に更なる邁進をしていく。

道
お客様の満足する家づくり・・それこそが、僕がこの歴史ある工務店の三代目としてこの世に生まれた使命だと思ってる。

親父が歩んで作ってくれた道、三代目の僕も歩きだした。
僕が歩いた道が、四代目に続く道になるだろう。その日まで僕は精一杯、歩き続ける。
それが僕の生きる道。  

     僕の後ろに道はできる。

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